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東京地方裁判所 昭和33年(ワ)6069号 判決 1960年10月06日

脱退原告 東都信用金庫

主参加人 城南信用金庫

被告 田中昌平

主文

被告は原告に対し金七〇万円およびこれに対する昭和三一年七月二五日以降完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

主参加人訴訟代理人らは、主文同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

「被告は、昭和三一年五月二九日、脱退原告東都信用金庫に対し金額七〇万円、支払期日同年七月二四日、支払地東京都港区、支払場所同金庫、振出地東京都世田谷区なる約束手形一通を振り出し同金庫は、所持人として、支払期日に支払場所に呈示したが、被告の入金なく、支払を拒絶せられた。同金庫は、昭和三四年二月一日、主参加人に事業の全部を譲渡して解散し、同月二日信用金庫法第六二条の規定に基きその旨公告し、同月一三日、解散を登記その後、清算結了によつて消滅した。主参加人は、右事業譲渡によつて同金庫から本件手形の交付を受けてこれを譲り受けたので被告に対し本件手形金七〇万円および手形法所定のとおり支払期日の翌日以降年六分の割合による利息の支払を求める。」と述べ被告主張の抗弁に対し、

「(一)被告主張事実は否認する。本件手形は、脱退原告から被告に対する手形貸付金(別紙目録(イ)ないし(ニ)記載のとおり合計七〇万円の支払のため、昭和三〇年八月三一日、被告から脱退原告に対し振り出された約束手形が数回書き替えられた後のものである右貸付金は、本件手形の支払期日である昭和三一年七月二四日までの利息が支払われたのみで、その後、元利ともに支払われていない。

(二)仮りに、被告主張の(イ)ないし(ハ)の貸付金につき被告主張の事実があつたとしても、いずれも理事らの間の個人的内部事情に過ぎず、脱退原告の被告に対する手形貸付たることを左右しない。しかも被告主張(イ)の貸付金は、前叙七〇万円の手形振出のときは、既に決済完了していたもので右手形金と無関係である。被告主張(イ)(ロ)(ハ)の貸付金はいずれも、別紙目録記載の主参加人主張の貸付金の一部である。

(三)本件手形が脱退原告から主参加人へ裏書譲渡の形式をとられていないことは認めるが、事業譲渡による手形の譲渡であるから、手形の交付をもつて足るものであり、また、譲渡の対抗要件は、信用金庫の事業譲渡の公告によつて譲渡の通知があつたものとみなされる(信用金庫法第六二条第二項)のである。」と述べ、

被告訴訟代理人は、請求棄却の判決を求め、答弁として、

「原告主張の請求原因事実中、脱退原告から主参加人に事業譲渡に伴う本件手形の交付があつたことは争い、その余の事実はすべて認める。」と述べ、抗弁として、

「(一)(裏書不存在)

仮りに、本件手形が、事業譲渡に伴い脱退原告から主参加人に交付されたとしても、裏書のない交付であつて、本件手形上の権利は主参加人に移転していない。

(二)(譲渡の対抗要件欠缺)

仮りに(一)の主張が理由がなく、本件手形債権が主参加人に譲渡されているとしても、脱退原告が昭和三四年二月二日なした事業譲渡並びに解散の公告は、定款に基かず無効である。仮りに定款に基ずくとしても、該公告の信用金庫法第六二条によつて付与される対抗力は、同法第五三条第一項第二号の「資金の貸付」の債務者に及ぶのみで、たとえ貸付資金支払のため当該債務者の振り出した手形であつても、「手形」の債務者には及ばない。しかして手形債務者たる被告に対し、他になんらの譲渡の通知もなされていないから、本件手形債権の譲渡は、被告に対する対抗要件を欠くものというべく被告は、譲受人たる主参加人に対して支払を拒否するものである。

(三)(原因関係不存在)

本件手形は、次に述べるとおり(イ)ないし(ハ)の三回にわたり、脱退原告の理事七名(被告を含む)監事二名が、脱退原告から帳簿上は被告個人への貸付金として操作することとして、合計七〇万円の貸付を受けたのに対し、その都度、被告名義で振り出した担保手形を、昭和三一年五月二九日一括して書き替えたものであつて、被告は単独で脱退原告に対し金七〇万円の貸付金債務を負担したわけではなく、かかる消費貸借は成立していない。しかして、主参加人は、支払期日の後に、脱退原告の営業の譲渡を受けて本件手形をも譲り受けたものであるから、被告は、指名債権の譲渡と同様に、脱退原告に対する債務不存在の人的抗弁をもつて主参加人に対抗することができる。

(イ) 脱退原告が中小企業協同組合法による信用組合から信用金庫法による信用金庫に昇格の際、理事(被告を含む)および監事ら九名が、各自の持分増額の必要に迫られ、その出資金に充てるために五万円宛、合計四五万円を、昭和二六年三月三〇日、脱退原告から貸付を受けた。

(ロ) 右貸付金の利息一五万円の支払に充てるために、右九名が、昭和三〇年六月一八日、脱退原告から一五万円の貸付を受けた。

(ハ) 昭和二九年末の餅代として、右九名が、昭和二九年一二月一四日、脱退原告から一〇万円の貸付を受けた。」と述べ、

原告主張の本件手形の原因関係事実を否認した。

立証として、原告訴訟代理人らは、甲第一ないし第四号証の各一、二、第五ないし第七号証を提出し、証人樋口敏雄、同森本丈助の各証言を援用し、被告訴訟代理人は、証人山田貞次の証言、被告本人尋問の結果を援用し、甲第五号証の成立は不知、その余の甲号各証の成立は認める。と述べた。

理由

一、被告が、昭和三一年五月二九日、脱退原告東都信用金庫に対し金額七〇万円、支払期日同年七月二四日、支払地東京都港区、支払場所同金庫、振出地東京都世田谷区なる約束手形(本件手形)を振出し、同金庫が、所持人として支払期日に支払場所に呈示したが、被告の入金なく、支払を拒絶せられたこと、同金庫が、昭和三四年二月一日(本件訴提起後)主参加人に事業の全部を譲渡して解散し、同月二日、信用金庫法第六二条第一項の規定に基きその旨公告し、同月一三日、解散を登記、その後、清算結了によつて消滅したことは、当事者間に争がない、そして主参加人が、右事業譲渡の結果、本訴追行中の同金庫から本件手形の交付を受けて所持人となつて主参加したことは、被告において争うけれども、弁論の全趣旨に鑑みて明らかなところである。また本件手形に同金庫の裏書がなされていないことは当事者間に争がない。

二、被告は、裏書のない単なる交付によつては約束手形上の権利は移転しない旨主張するが、約束手形上の権利は指名債権譲渡の方法によつてもこれを譲渡することを得るものである。しかして、本件手形は、後に四において認定するように、脱退原告の被告に対する手形貸付において被告の振り出した手形が書き替えられたものである。その後脱退原告から主参加人へ事業の全部が譲渡せられた結果主参加人が本件手形の交付を受けて主参加した事実によつてみれば本件手形上の権利も、貸付金債権とともに、脱退原告によつて主参加人に譲渡されたものであり、その際、支払拒絶証書作成期間経過後であつた関係もあつて、被告に対する指名債権の譲渡方法が採られ、裏書がなされなかつたものと推認することができるので、本件手形上の権利は、主参加人に移転したものといえる。

三、次に本件手形上の権利の譲渡の対抗要件について判断する。被告主張のように、信用金庫法第六二条第一項の規定による事業譲渡の公告が、本件手形上の権利譲渡の対抗要件たり得るか。同条第二項は、「前項の公告があつたときには、同項の金庫の貸付金の債務者に対して民法第四百六十七条(指名債権譲渡の対抗要件)の規定による確定日附のある証書によつて通知があつたものとみなす。」と規定しているが、貸付金が手形貸付による場合に貸付金の債務者が振り出した担保手形については、該手形上の権利譲渡の対抗要件については明文がない。思うに、手形上の権利譲渡は、一般に裏書により、従つて対抗要件を必要としないのである。手形上の権利が特に指名債権として譲渡され、裏書方式によらなかつたときは一般に対抗要件を必要とすることはいうまでもないが、しかしながら、指名債権として譲渡せられた該手形が、手形貸付による貸付金の担保手形であつて、貸付金の債務者によつて振り出されたものである場合には、担保せられた貸付金債権について譲渡の対抗要件が明確に具備されている限り、担保権たる該手形上の権利の譲渡については、特段の対抗要件を要しないものと解すべきである。信用金庫法前示法条による公告は、民法所定の確定日附ある証言による通知とみなされるものであること同法条規定のとおりであつて、その法定対抗要件たることと相まつて貸付金債権の譲渡の対抗要件としては、極めて明確なものというべきであつて、加うるに、該貸付金債務者と担保手形債務者とが同一人であつてみれば、担保手形上の権利の譲渡についても譲渡についての対抗要件を別途に必要とする理由を見出しがたいのである。されば、信用金庫法所定の事業譲渡の公告は、貸付金債務者が振り出した担保手形上の権利の譲渡につき、指名債権譲渡としての対抗要件となるものとまではいえないが、結局該権利譲渡における譲受人は、他に特段の対抗要件を要せずして、手形振出人に対し該権利を行使することができるものというべきである。なお、被告は、右公告が、脱退原告の定款所定の公告方法によらない、というがそのように認めるべき証拠はない。

四、そこで進んで被告主張の原因関係不存在の抗弁について判断する。指名債権譲渡としての手形上の権利譲渡については、振出人の受取人に対する抗弁は、譲受権利に附着し、受取人からさらに権利を譲り受けた譲受人に対しても、その善意、悪意を問わず、これを対抗し得べきものである。そこで、本件手形振出人たる被告と受取人たる脱退原告との間に抗弁が成立するか否か、すなわち被告主張のように、原因関係が存在しないものであるか、原告の抗争するように、原因関係として手形貸付関係が成立、存続していたか否かについて判断するに、被告は、脱退原告から三回にわたり合計七〇万円の貸付を受けたのは、被告を含む役員九名であると主張するのであるが、その主張の第一回、昭和二六年三月三〇日に四五万円、第二回昭和二九年一二月一四日に一〇万円、第三回昭和三〇年六月一八日に一五万円、脱退原告が貸出を行つたことは、いうところの第三回の日時における金額が二〇万円であることを除いては原告の主張の六回の貸付のうちの該当日時、金額と一致するのであるが、その貸付を受けた者が被告を含む役員九名であることは、原告において否認するところであり、これを本件全立証についてみるに、第一回の四五万円の貸付につき、証人山田貞治の証言、被告本人尋問の結果中の一部には、被告主張に副うかのような供述部分があるけれども、証人森本丈助の証言および弁論の全趣旨に照らして、とうていこれをもつて被告主張のようには認定できないし、第二回の一〇万円、第三回の一五万円についても、被告の主張どおりに認定することのできる証拠はない。かえつて、成立に争のない甲第一ないし第四号証の各一、二、証人山田貞治、同樋口敏雄の各証言、被告本人尋問中の他の部分に弁論の全趣旨を綜合すれば、次の事実が認められる。

(一)  脱退原告が中小企業協同組合法による信用組合当時、新たに施行の信用金庫法による信用金庫になるための事前準備として、組合役員の出資を増額する必要から、被告を含む理事七名、監事二名の増額金一人当五万円合計四五万円を、昭和二六年三月三〇日、当時専務理事であつた被告が組合から被告個人として手形貸付を受けた。この残額債務は二〇万円残存する。

(二)  被告および貸付係責任者山田貞治等が主となつて脱退原告の裏帳簿によつて行つていた導入資金による闇金融の危機に当り、その操作上の金員の必要に迫られ、(1) 昭和二八年二月二三日、金三一万五千円、(2) 同年一一月二八日、金一〇万円を、同じく被告が脱退原告から、被告個人として手形貸付を受けた。この残額は二〇万円存在する。

(三)  被告が脱退原告の理事長となつた後、被告は、役員に対する盆暮の手当に使用するため、(1) 昭和二九年一二月一四日、金一〇万円、(2) 昭和三〇年六月一八日、金二〇万円を、同じく被告個人として手形貸付を受けた。

(四)  以上の貸付金については、(三)の(2) についての金額二〇万円の被告振出手形と、従前の残存債務合計五〇万円についての金額五〇万円の被告振出手形とが存在したが、被告は昭和三〇年八月三一日、一括して金額七〇万円の手形に書き替え、その後数回、書き替えて、昭和三一年五月二九日、本件手形を書替手形として振り出した。

以上の認定を左右する証拠はない。(一)ないし(三)のいずれの場合も被告が手形を振り出し手形貸付を受けることによつて、被告は理事としてその使途にかかわらず脱退原告に対する背任等の容疑から免れることができたものというべきである。貸付金の使途が右認定のとおりであるからといつて、そのことは、被告個人の利益に無関係とはとうていいえないし、仮りに使途によつて被告個人の利益を超えるものがあり、または、形を変えて貸付金庫の利益に還元される反面をもつ場合があるとしても、要するに使途の如何によつて、貸付金が貸付金でなくなるという道理はなく、使途により事実上共同の利益を受けた者が、契約当事者でないのに契約当事者となるということも背理である。

されば、ひつきよう、被告の抗弁は採用する余地がない。

五、以上の認定によれば、被告は主参加人に対し、本件手形金七〇万円およびこれに対する満期以後年六分の割合による利息の支払義務がある次第であるから、主参加人の本訴請求は理由があるものとして認容すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、仮執行の宣言は、これを付せないのを相当と認め、主文のとおり判決する。

(裁判官 立岡安正)

目録(主参加人主張の貸付)<省略>

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